年表と場所
場所のラベルの意味は?
- 正確
- 出来事が起きた場所、または撮影された場所そのものを示しています。
- おおよそ
- 町、公園、地区など正しい範囲を示していますが、正確な地点ではありません。
- 架空
- 物語の中にしかない場所です。ピンがある場合は、モデルや着想源となった実在の場所を示しています。
大戸島は伝説の言い伝わる島で、映画の災厄はここから始まる。嵐の夜、何か重いものが上陸し、家々を壊し、村人や家畜を殺す。島は架空で、村の場面は三重県鳥羽市の漁業とダイビングの集落、石鏡で撮影された。石鏡は島ではまったくないが、町の4分の1にあたる約300人の住民が、ふだんの作業着のままエキストラを務めた。巨大な足跡がつけられた扇の浜は、撮影当時とほとんど変わらない姿をとどめている。
場所の精度: 大戸島は架空。ピンは、その場面が撮影された鳥羽市の石鏡を示している。
出典
- ゴジラ (1954年の映画)
- 該当箇所:
- あらすじ; 撮影
- ゴジラ (1954年の映画)
ゴジラが首都を最初に襲う場面。品川の岸壁から上陸し、操車場と八ツ山橋の京急の跨線橋を破壊したあと、東京湾へ滑るように戻っていく。逃げ惑う群衆の場面は八ツ山橋そのもので撮影されたので、エキストラが走った場所に立つことができる。
訪問のヒント: 八ツ山橋は品川にある公共の橋で、自由に通れる。
出典
- ゴジラ (1954年の映画)
- 該当箇所:
- あらすじ; 撮影
- ゴジラ (1954年の映画)
ゴジラは銀座に進み、松坂屋、和光、日本劇場、そして国会議事堂を踏みつぶす。最も記憶に残るのは、和光の時計塔が倒れていくショットだ。和光は激怒し、東宝にその後約2年間、ロケでの使用を一切認めなかったという。銀座のエキストラの場面は真夜中に撮影された。
訪問のヒント: 和光は銀座4丁目の交差点にある店。
出典
- ゴジラ (1954年の映画)
- 該当箇所:
- あらすじ; 撮影
- ゴジラ (1954年の映画)
「シン・ゴジラ」は東京湾で幕を開ける。羽田沖で、折り鶴を載せた無人のプレジャーボートが見つかり、続いて蒸気が噴き上がり、アクアトンネルの車両が突然の浸水に巻き込まれる。政府は最初、海底火山か熱水噴出孔のせいだとする。ピンはトンネル内の特定の地点ではなく、アクアラインを示している。
場所の精度: 映画はトンネル内のどこで浸水したかを示していない。ピンはアクアラインを示している。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ
その巨大生物は呑川をさかのぼって蒲田に上陸し、係留された船を散らし、行く手の車や建物を壊す。2015年9月6日には、蒲田駅の前で大規模な群衆の撮影が行われた。
場所の精度: ピンは蒲田駅周辺を示している。上陸は呑川沿いだった。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ
北品川の船着き場の近くで、その生物は急速に変異して大きくなり、直立して八ツ山橋の方へ歩き始める。攻撃ヘリが位置につくが、砲火の先に逃げる住民の姿が確認され、攻撃は中止される。1954年の映画と同じ品川の一角だ。
場所の精度: 映画は北品川の船着き場の名を出すが、正確な地点は示していない。ピンは地区を示している。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ
4日後、より大きなゴジラが相模湾に現れ、鎌倉の稲村ヶ崎付近に再び上陸する。観光都市の鎌倉は撮影に協力した。東宝の怪獣が鎌倉を襲ったのは、これが初めてだった。
場所の精度: 映画は稲村ヶ崎と言っているが、正確な上陸地点は示されていない。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ
ここで軍は多摩川沿いに絶対防衛線を敷き、タバ作戦を開始する。ロケハンの結果、丸子橋周辺に決まり、指揮所は多摩川浅間神社に置かれる。ゴジラは橋を壊し、桁をはね上げる。映画には橋そのものが映るが、戦闘の正確な位置については記録がない。
訪問のヒント: 多摩川に架かる公共の道路橋。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ
最後の作戦、ヤシオリ作戦は東京駅で行われる。制作者が東京タワーのほかに思いつくランドマークがなかったため、選ばれた。指揮所は九段の科学技術館の屋上にある。実際には東京駅はその正面にはなく、見映えのために構図が作られた。映画は、駅のそばで凍結されたゴジラで終わる。
訪問のヒント: 東京駅は現役の駅で、自由に訪れられる。
出典
- シン・ゴジラ
- 該当箇所:
- あらすじ; 舞台設定・ロケーション
- シン・ゴジラ