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Mapped Chronicles

実在の旅 · 伝記

芭蕉のおくのほそ道

1689年の春、俳人・松尾芭蕉は江戸の庵を手放し、友人で弟子の河合曽良とともに、日本の遠い北の地、奥へと徒歩で旅立った。約156日、およそ2,400キロメートルをかけて、二人は古の歌人たちが名所にした場所、すなわち関所、松の島々の浮かぶ湾、古戦場、山の寺を訪ね歩き、芭蕉はそのたびに俳句で応えた。

英語からの翻訳です。

作成:Mapped Chronicles editors9か所国: 日本GPX

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  1. 芭蕉は深川の隅田川のほとりの庵に住んでいた。弟子が植えた芭蕉(バナナの仲間)の木にちなんで、芭蕉庵と呼ばれた。旅に出る前に庵を手放し、近くにある弟子の別宅に身を寄せた。1689年5月16日の夜明け、彼と曽良は舟で川をさかのぼって千住へ行き、見送りの友人たちの前で、旅の最初の句を詠んだ。「行く春や鳥啼き魚の目は泪」。開かれた書物はこう始まる。「月日は百代の過客にして」。

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    場所の精度: 庵の正確な場所は失われている。ピンは、庵があったと考えられる場所に建てられた芭蕉稲荷神社を示す。

    訪問のヒント: 小さな神社は江東区常盤にあり、芭蕉記念館と、川沿いの芭蕉像は歩いて数分の距離にある。

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  2. 日光街道を北へ進んだ二人は、四月一日に日光に着いた。ここには将軍家の祖、徳川家康が、華麗な彫刻の東照宮に祀られている。芭蕉は将軍家について言葉を慎んだが、「日の光」を意味する地名にかけて詠むことはできた。「あらたふと青葉若葉の日の光」。ここから黒羽へ向かい、そこで手厚くもてなされて14日間滞在した。旅全体で最も長い逗留だった。

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    場所の精度: 芭蕉が訪れたのは社寺の一帯である。ピンは日光東照宮を示す。

    訪問のヒント: 日光の社寺はユネスコ世界遺産で、東京から電車で2時間。

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  3. 白河の古い関は奥州への入口で、何世紀にもわたり歌人たちが、秋風や春霞、後にした都を詠み込んで、ここを越えることを歌にしてきた。芭蕉の時代には、関そのものはとうに失われていた。ここを越えて、旅が本当に始まったと初めて感じたと彼は書く。咲く卯の花を見て、曽良は、古人が正装して関を越えたという話を思った。芭蕉は詩の過去に圧倒され、この地を相棒の句に委ねた。

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    訪問のヒント: 関跡は白河市の南にある国の史跡で、古木の間に小さな神社がある。

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  4. 松島は、松に覆われた200以上の島が散らばる湾で、すでに日本三景のひとつに数えられていた。芭蕉は旅の初めからここを見ることを夢見ていて、実際に見ると言葉を失った。完成した書物には、ここでの自作の句はなく、曽良の句だけが載っている。芭蕉の作として知られる「松島や ああ松島や 松島や」は、彼の句ではない。二人は湾のほとりに泊まり、武将・伊達政宗が再建した瑞巌寺を訪れた。

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    場所の精度: 眺めは湾全体に及ぶ。ピンは、その岸にある瑞巌寺を示す。

    訪問のヒント: 遊覧船が松島海岸駅から島々を巡る。仙台から40分。

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  5. 平泉は1189年まで奥州藤原氏の輝く都だったが、この年、英雄・源義経がここで最後の戦いの末に死に、一族は滅んだ。500年後、芭蕉は高館の義経の館跡に登り、川沿いの平野を見渡して涙し、旅で最も名高い句を詠んだ。「夏草や兵どもが夢の跡」。近くの金色堂では、五月雨も降り残したのかと書いた。

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    訪問のヒント: 高館の義経堂が丘に立つ。中尊寺の金色堂をはじめ、平泉の寺院群はユネスコ世界遺産である。

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  6. 尾花沢で裕福な紅花商人のもとに泊まっていた芭蕉は、予定していなかった寄り道をするよう勧められた。860年に谷を見下ろす岩場に開かれた「山の寺」、立石寺である。岩の上に建つ堂を登り、多くの人が彼の最高の句と見なすものを詠んだ。「閑さや岩にしみ入る蝉の声」。山寺の蝉の声は、今では日本の公式な「残したい日本の音風景100選」に入っている。

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    訪問のヒント: 寺の石段を登るのに約1時間かかる。山寺駅は山形と仙台を結ぶ線にある。

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  7. 最上川の急流を舟で下り、「五月雨を集めて早し最上川」と詠んだ後、芭蕉は山伏の聖地、出羽三山に着いた。羽黒山に泊まり、次に最高峰の月山、そして修行の様子を語ることを巡礼者が禁じられた湯殿山に登った。羽黒山ではこう詠んだ。「涼しさやほの三日月の羽黒山」。山頂の神社へ続く参道は、杉木立の中を、古い五重塔の脇を過ぎて登っていく。

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    訪問のヒント: 羽黒山頂の神社へ続く石段は約2,400段で、杉林の中を行く。頂上までバスも通っている。

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  8. 旅の最北の地は象潟で、小さな松の島々が浮かぶ潟湖であり、松島のライバルとして名高かった。芭蕉は雨の中でこれを見て、二つを比べた。「松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし」。彼が見た景色は今はない。1804年の地震で海底が隆起し、かつての島々は田んぼの中の木の茂る小丘として残っている。春に水田が水を張る頃に見るのが一番の、不思議な眺めである。ここから旅人たちは、日本海沿いに南へ向かった。

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    場所の精度: かつての潟湖は広い範囲に及んでいた。ピンは、芭蕉が訪れた蚶満寺を示す。

    訪問のヒント: にかほ市の蚶満寺には芭蕉の像がある。かつての島々は、その周りの田んぼからそびえている。

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  9. 海岸を南へ下り、荒海の上に天の川がかかる佐渡を眺め、体調を崩した曽良が先に発った金沢を通って、芭蕉は秋に大垣に着いた。弟子たちが集まり、死から戻ったかのように迎えた。だが彼は立ち止まらず、伊勢神宮の遷宮を見るため、再び舟で出発する。書物は掛け言葉の別れの句で閉じられる。「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」。5年後、彼は旅の途上で亡くなった。

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    場所の精度: 芭蕉の宿は特定されていない。ピンは、旧い川港のそばにあるおくのほそ道の記念館を示す。

    訪問のヒント: 大垣のおくのほそ道むすびの地記念館が、旅の物語を伝えている。

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