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Mapped Chronicles

本

巨匠とマルガリータ:ブルガーコフのモスクワ

外国人風の見知らぬ男がパトリアルシエ池で二人の作家の席に加わり、一人の死を予言する。こうしてモスクワの最も奇妙な春が始まる。ブルガーコフの小説では、悪魔がヴォランドとして、猫のベゲモートや手下のアザゼッロらを従えてソ連時代のモスクワを訪れ、マルガリータは巨匠のために彼と取引をする。

重大なネタバレを含みます。

英語からの翻訳です。

作成:Mapped Chronicles editors8か所国: ロシアGPX

年表と場所

場所のラベルの意味は?
正確
出来事が起きた場所、または撮影された場所そのものを示しています。
おおよそ
町、公園、地区など正しい範囲を示していますが、正確な地点ではありません。
推定
根拠のある推測です。出典の間で食い違いがあるか、正確な場所が不明です。
架空
物語の中にしかない場所です。ピンがある場合は、モデルや着想源となった実在の場所を示しています。
  1. モスクワの物語は5月のある日、この池で幕を開ける。作家協会マソリトの議長ベルリオーズと詩人イワン・ベズドームニイが、外国人風の見知らぬ男と出会う。男は、コムソモールの一員であるロシア人女性がベルリオーズの首を切り落とすと予言し、ベルリオーズはほどなく路面電車にひかれる。奇妙なことに、ここには定期の路面電車の路線が通ったことはなく、1930年代に夜間の留置線が仮設されただけだった。エピローグでは、いまは教授となったイワンが、毎年春の満月の夜に、まったく同じベンチへ戻ってくる。

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    訪問のヒント: 公共の公園と池。最寄りの地下鉄駅はマヤコフスカヤ(東出口)とプーシキンスカヤ。知らない人と話さないよう警告する看板が立っている。

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  2. マソリトは、環状の大通り沿いのグリボエードフ館にあり、鋳鉄の柵の奥のみすぼらしい庭に面している。レストランでは、ザリガニの尾を重ねたチョウザメ料理と新鮮なキャビアが出され、ベルリオーズが死んだ夜には、会員たちがフォックストロット「アレルヤ」を踊る。コロヴィエフとベゲモートは作家証がなく食事にありつけないが、コロヴィエフは作家パナーエフとして、猫は批評家スカビチェフスキーとして入りこむ。そこへヴォランドの手下たちが火を放ち、レストランも、マソリトの特権の仕組みもろとも焼け落ちる。

    モデルとなった実在の場所:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可否は未確認

    場所の精度: グリボエードフ館は架空の建物。ピンは、ブルガーコフ研究者がモデルと見なすトヴェルスコイ大通りのゲルツェン館を指している。現在はゴーリキー文学大学である。

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  3. ボリシャヤ・サドヴァヤ通り302-bis番地の五階、50号室には悪い評判がある。物語の二年前、五人の住人と、白い手袋をはめた礼儀正しい警官が、一週間のうちにここから姿を消した。その後、劇場支配人のリホデーエフとベルリオーズが、それぞれ妻とともに入居した。ベルリオーズが死ぬと、ヴォランドの一行が部屋を占拠し、第27章でベゲモートが火を放って建物ごと焼き払う。この住所は架空だが、モデルはボリシャヤ・サドヴァヤ通り10番地の集合住宅で、ブルガーコフは1921年から1924年までここに住んだ。

    モデルとなった実在の場所:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可

    場所の精度: 小説の住所、ボリシャヤ・サドヴァヤ通り302-bis番地は架空のもの。ピンは、そのモデルである実在の建物、ボリシャヤ・サドヴァヤ通り10番地を指している。

    訪問のヒント: 建物には二つのブルガーコフ博物館が同居していて、国立博物館は四階の50号室にある。

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  4. ヴォランドの一行は、黒魔術の使い手と称してヴァリエテ劇場に出演の枠を手に入れる。支配人のリホデーエフは、すでにヤルタへ追いやられている。魔法で出された金や贅沢なファッション小物が客に配られ、観客は驚嘆するが、やがて金も服も消え失せ、会場は混乱と恥にまみれる。ブルガーコフのヴァリエテは架空だが、モデルは旧ニキーチン・サーカスにあった1926年から1936年のミュージックホールらしい。小説に出てくるドーム下の空中ブランコや、「太陽のように」ともる白い球形の照明がそれに合う。現在見られるのは旧サーカスのドームだけで、建物はいまモスクワ風刺劇場のものになっている。

    モデルとなった実在の場所:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可否は未確認

    場所の精度: ヴァリエテは架空の劇場。ピンは、ミュージックホールが入っていたニキーチン・サーカスを建て直した、トリウンファリナヤ広場の風刺劇場を指しており、ヴァリエテはこれを模したらしい。

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  5. アザゼッロのクリームを塗られたマルガリータは魔女になり、シフツェフ・ヴラジェクやアルバート通り、ヴァフタンゴフ劇場の上を越えてモスクワの空を飛ぶ。「ドラムリット館」という札がついた建物が目にとまる。批評家ラトゥンスキーの部屋で、彼女は巨匠が受けた辱めへの復讐を果たす。裸で、姿を消したまま、ピアノ、鏡つきの衣装だんす、窓を打ち砕き、蛇口を開けっ放しにする。三階で、ベッドに座っているおびえた4歳の男の子を見て、ようやく手を止める。

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    場所の精度: 小説はドラムリット館の場所を述べていない。黒い大理石、幅の広いドア、有力な住人という点が、ピンの示すラヴルシンスキー横町17番地の作家たちの住宅に似ている。

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  6. マルガリータは悪魔の大舞踏会の女主人役を引き受け、地獄からやってくる闇の歴史上の人物たちを迎える。会場は普通のアパートの部屋で、目に見えない果てしない階段を上って行く。見返りに悪魔は彼女の願いを一つ叶えると言い、彼女は巨匠を求める。実在の響きもある。1935年4月24日、ブルガーコフは米国大使公邸のスパソ・ハウスで催された春の祭典に出席した。白樺の木々、フィンランド産チューリップで覆われたテーブル、シャンパンに酔ったクマがいたという。彼の未亡人は、これが舞踏会の章の新しい版を書くきっかけになったと語ったが、研究者の意見は分かれている。

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    場所の精度: 小説では舞踏会はいわくつきのアパートで開かれる。ピンはスパソ・ハウスを指している。1935年の祭典が着想のもとになったとは広く考えられているが、証明はされていない。

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  7. 日没のころ、モスクワで最も美しい家の一つの石のテラスに、ヴォランドとアザゼッロが座っている。漆喰の花瓶や花の欄干で通りから隠れ、町をその果てのあたりまで見渡している。そこへ、イエシュアの弟子レヴィ・マトヴェイがやってきて、ヴォランドに、巨匠とマルガリータに安らぎを与えてほしいと頼む。願いは聞き入れられ、ヴォランドはアザゼッロにすべての手配を命じる。この家は1784年から1786年にかけてピョートル・パシコフのために建てられ、クレムリンの西壁を見下ろし、現在はロシア国立図書館のものである。

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    訪問のヒント: 家は、クレムリン西壁のそばの丘の上、モホヴァヤ通りとヴォズドヴィジェンカ通りの交差点の近くに立っている。

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  8. 最後から二番目の章は「雀が丘にて」という題だ。夜、空飛ぶ騎手の一団がモスクワを去る。ヴォランド、その手下たち、そしてピラトの小説の作者と彼の愛する女性である。道中、巨匠はピラトを解き放ち、巨匠とマルガリータは永遠の安らかな住まいに落ち着き、モスクワは日常を取り戻す。丘はモスクワ川の右岸にそびえ、市内で最も高い地点の一つで、近くにはノヴォデヴィチ修道院とそのナルイシキン・バロックの塔がある。

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    場所の精度: 章は丘の名を挙げているが、正確な場所は示していない。ピンは川を見下ろす展望台を指している。

    訪問のヒント: 1948年に造られた展望台からは、モスクワ川を見渡せる。

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