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源氏物語:京都から須磨、宇治へ

紫式部による11世紀の長編小説は、光源氏を都から須磨の浜での流謫へと追い、最後の10帖では宇治へと導く。作中の場所の多くは実在の神社や寺で、今も訪れることができる。

英語からの翻訳です。

作成:Mapped Chronicles editors8か所国: 日本GPX

年表と場所

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  1. 光源氏は京都の北の山々、北山へ出かけ、10歳の美しい少女を見つける。彼が理想とする女性、藤壺の女御の姪だった。源氏はそのままにしておけず、少女をさらって自分の邸に連れ帰り、藤壺に似るように育てる。これが紫の上で、源氏は後に彼女を妻とする。小説は北の山々としか書いていない。この帖の舞台としては、岩倉の大雲寺が挙げられている。

    周辺を開く:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可否は未確認

    場所の精度: 小説は北の山々である北山としか述べない。ピンは、この帖の寺の比定のひとつである岩倉の大雲寺を示す。

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  2. 第10帖「賢木」で、六条御息所は、新たに伊勢の斎宮に選ばれた娘とともに野宮に滞在しており、光源氏はそこに彼女を訪ねる。野宮は、斎宮(天皇の巫女)が伊勢へ向かう前に身を清めた場所で、嵯峨野にある神社が、伝統的にこの場面の舞台とされている。境内の案内板が物語を伝えている。

    周辺を開く:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可

    場所の精度: この神社は場面の舞台として伝統的に考えられている場所で、証明されたものではない。

    訪問のヒント: 野宮神社は京都西部の嵯峨野にある。

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  3. 光源氏は須磨へ引きこもる。当時は播磨国の田舎の町で、今は神戸の一部である。この流謫は物語の底ではあるが終わりではなく、彼は後に都へ戻る。須磨と明石の二帖は合わせて、宮廷から遠く離れた、海辺の幕間を成している。古い言い伝えでは、紫式部は須磨の帖から物語全体を書き始めたという。

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    場所の精度: 小説は具体的な家を示さない。ピンは、神戸の須磨にある寺、須磨寺を示す。

    訪問のヒント: 須磨寺は神戸市須磨区にある寺である。

    出典

  4. 明石では、明石の入道として知られる裕福な男が、流謫中の光源氏をもてなし、光源氏は入道の娘、明石の君と契りを結ぶ。彼女は光源氏のただ一人の娘を産み、その娘は後に中宮となるので、この海岸は光源氏の血筋の将来を決めることになる。小説は入道の家の場所を細かくは示していない。

    周辺を開く:Google MapsApple MapsOrganic MapsOpenStreetMap訪問可

    場所の精度: 小説は入道の家の場所を細かくは示さない。ピンは明石の中心を示す。

    訪問のヒント: ピンは神戸の西にある明石の中心部を示す。

    出典

  5. 住吉大社は実在の神社で、小説は明石の君にまつわるいくつかの帖で、重要な舞台として用いている。今日も実際にその場に立てる場所でもある。全国の住吉神社の総本社で、本殿は、その建築様式の最古の例として国宝に指定されている。

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    訪問のヒント: 神社は大阪の住吉区にある。

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  6. 第16帖「関屋」で、光源氏は石山寺へ祈願に出かけ、道中の逢坂の関で空蝉と再会する。伝承はさらに別の層を加える。1004年、紫式部はここに籠もり、中秋の名月の夜に須磨と明石の帖の着想を得たという。寺の本堂には「源氏の間」があるが、彼女の日記にも和歌にもこの滞在の記録はなく、伝説として受け取るべきである。

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    訪問のヒント: 西国三十三所観音霊場の第13番札所。「源氏の間」は本堂にある。

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  7. 最後の10帖、第45帖から第54帖は、都から少し離れた宇治へ舞台を移す。ここに住む八の宮の姫君たちをめぐって競う、薫と匂宮の物語である。宇治は古くから貴族の別荘が建ち並び、今の平等院の土地は998年に藤原道長の別荘となった。1053年に建てられた鳳凰堂は国宝である。

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    場所の精度: 小説の宇治の邸は創作である。ピンは、同じ時代の宇治で最もよく知られた場所として平等院を示す。

    訪問のヒント: 平等院は京都の南にある宇治にある。

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  8. 作者はどこに住んでいたのか。1965年、歴史家の角田文衞は、廬山寺の境内が紫式部の邸の跡だと論じた。同じ年、物語の世界を思わせる、白砂と苔に桔梗を配した庭がつくられた。これは研究者による比定であり、確実ではない。

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    場所の精度: 角田の1965年の比定は学問上の主張であり、証明された場所ではない。

    訪問のヒント: 寺には源氏庭がある。拝観時間を確認のこと。

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