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Mapped Chronicles

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神話おおよそ

銅山の女王:バジョフのウラル民話

『銅山の女王』は、ウラルのポレフスコイにあるグメシェフスキー鉱山に住む。パーヴェル・バジョフは少年時代にドゥムナヤ山でその話を聞き、エカテリンブルクで物語に書き留めた。『孔雀石の小箱』(1939年)に収められた彼女の物語を、アゾフ山や『石の花』の町とともにたどる。 ルートは、バジョフの生地シセルチから、伝説が語られたポレフスコイの丘陵地、そして彼が物語を書き残したエカテリンブルクの家へと続く。

6か所1/6か所訪問可
映画おおよそ

『五日物語 -3つの王国と3人の女王-』のロケ地:ガローネ監督のイタリアの城

マッテオ・ガローネ監督の『五日物語 -3つの王国と3人の女王-』(Il racconto dei racconti、2015年)は、全編がイタリアで撮影された。プーリア州のカステル・デル・モンテ、シチリアのドンナフガータ城、トスカーナのサンメッツァーノ城、アブルッツォのロッカスカレーニャ、そしてアルカンタラ渓谷が、それぞれおとぎ話の王国になっている。 ルートは映画の3つの物語を、8か所の実在のロケ地でたどる。海竜が棲む渓谷から、鬼が逃げる王女を追う凝灰岩の小道までだ。城によっては外観だけ、あるいは内部だけが使われており、ノートにその点を記した。

8か所6/8か所訪問可
本おおよそ

アルハンブラ物語:ワシントン・アーヴィングのグラナダ

ワシントン・アーヴィングは1829年にグラナダを訪れ、やがてムーア人の王たちの宮殿に住むことになった。地元の17歳の案内人マテオ・ヒメネスをそばに置いて伝説を集め、それが1832年に「アルハンブラ物語」となった。 このルートは、本に登場する6つの場所をたどる。魔法の手と鍵がある門、アーヴィングの部屋、大使の間、ライオンの中庭、ヘネラリフェ、王女の塔である。いくつかの話は歴史であると同時に伝説でもあるため、ピンはアーヴィングがそれを語る場所を示している。

6か所6/6か所訪問可
本おおよそ

ハロルド・フライのまさかの旅立ち:キングズブリッジからベリックへ

レイチェル・ジョイスの小説『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』では、定年退職した男が、死の近い友人に会うため、デヴォン州のキングズブリッジからベリック・アポン・ツイードまで歩く。道中にはストラウド、チェルトナム、コヴェントリー、スコットランド国境の町ケルソーなどがある。 ルートは、デヴォンのポストから、イングランド北端のホスピスまでの道のりを、行程ごとにたどる。あわせて、ハロルドが旅の理由として語ること、語らないことも追う。小説に出てくるのは通りではなく町の名なので、ピンはすべて町を示す。

6か所0/6か所訪問可
映画架空

『ミラキュラス レディバグ&シャノワール』のパリの実在スポット

『ミラキュラス レディバグ&シャノワール』の舞台はパリで、その元になった実在の場所は、エッフェル塔、ヴォージュ広場、コーランクール通りのパン屋、リセ・カルノー、プラザ・アテネ、パルク・デ・プランスだ。 シリーズは実在の名所に、名前を変えたり姿を変えたりした場所を織り交ぜている。このルートは、スカイラインにそびえる塔から、マリネットの家のパン屋の元になった実在のパン屋まで、6か所をたどる。 撮影地ではなくインスピレーション元の場所も多いので、それぞれの項目に、作品が何を変えたかを記した。

6か所4/6か所訪問可
映画おおよそ

Die Rosenheim-Cops(ローゼンハイム・コップス)のロケ地:ローゼンハイムとキームガウ

ドイツの人気刑事ドラマ「Die Rosenheim-Cops(ローゼンハイム・コップス)」の舞台はローゼンハイムとキームガウだが、市庁舎、マックス=ヨーゼフス広場、キーム湖、ヴァイヤルン、ディートラムスツェルは撮影地の一部にすぎない。 このルートでは、ドラマの舞台やロケ地となった7か所を巡る。ローゼンハイム市庁舎にある警察本部から、シュタルンベルク湖近くの邸宅まで。出典に場所の名前しかなく正確な地点がわからない箇所は、エリアで示している。

7か所4/7か所訪問可
映画おおよそ

Un passo dal cielo(天国への一歩)のロケ地:ドロミーティ

イタリア国営放送Rai 1のドラマ「Un passo dal cielo(天国への一歩)」は、南チロルのサン・カンディドと、のちにベッルーノ県ドロミーティのサン・ヴィート・ディ・カドーレを舞台にしているが、撮影の大半はブライエス湖、プラート・ピアッツァ、ドッビアーコ、モージゴ湖、ミズリーナ周辺で行われた。 このルートでは、南チロル編のシーズンからカドーレ編のシーズンまで、場面の舞台や撮影地となった8か所を巡る。出典に場所の名前しかない場合は、ピンはそのエリアを示している。

8か所8/8か所訪問可
映画おおよそ

『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(La grande bellezza)のロケ地:ローマ

『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(La grande bellezza)は、ローマで撮影された。ジャニコロの丘のアックア・パオラの泉、ジュリア通りのサッケッティ宮殿、アヴェンティーノの丘のサンタ・マリア・デル・プリオラート教会、ヴィラ・メディチ、ヴェラーノ墓地、そして最後の場面のジーリオ島まで。 撮影は2012年8月9日に始まり、約8週間続いた。このルートでは、そのうち7か所を通してジェップ・ガンバルデッラの物語をたどり、今も行ける場所を案内する。

7か所7/7か所訪問可
歴史おおよそ

ジェームズタウンからヨークタウンへ:ヴァージニアの植民地時代と独立革命の道

ジェームズタウンからヨークタウンへの道は、ヴァージニアの初期アメリカ史で最もよく知られた区間である。1607年のジェームズ砦があるヒストリック・ジェームズタウンから、ウィリアムズバーグの州議会議事堂、リッチモンドのセント・ジョンズ教会を経て、ヨークタウンのムーア邸と降伏の野まで続く。 このルートは、イングランド初の恒久的な植民地から、1781年のコーンウォリスの降伏までの174年間をたどり、途中にパトリック・ヘンリーの演説が登場する。ほとんどの地点は見学できるが、ウィリアムズバーグの州議会議事堂は再建されたものである。

6か所6/6か所訪問可
映画架空

『ブルーイ』のロケ地:ブリスベンとクイーンズランダーの家

『ブルーイ』の舞台は、オーストラリアのクイーンズランド州ブリスベン。番組はクイーン・ストリート・モール、サウスバンク、街のクイーンズランダー(高床式の住宅)を題材にしていて、ヌーサ川のビッグ・ペリカンへのお出かけも描かれる。 このルートでは、フォーティテュード・バレーのルードー・スタジオから、番組が描いた実在の場所をたどり、ハミルトンの「ブルーイズ・ワールド」で終わる。ヒーラー家は架空の家なので、ピンは立てていない。

6か所3/6か所訪問可
実在の旅おおよそ

フランチジェナ街道:カンタベリーからローマまで

フランチジェナ街道は、カンタベリー大聖堂からフランス、スイスを経てローマのサン・ピエトロ大聖堂へ至る中世の巡礼路で、990年ごろの大司教シジェリックの記録に残る。このルートは、カンタベリーから大サン・ベルナール峠を越え、ルッカ、シエナ、ヴィテルボまでをたどる。 シジェリックの帰路は80の行程、1日約20kmで、全長およそ1,700kmに及んだ。巡礼者は今もこの道を歩いている。各地点は街道沿いの名所であり、宿泊したことが証明された場所ではない。

7か所7/7か所訪問可
映画おおよそ

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」のロケ地

「ハリー・ポッターと謎のプリンス」は、ロンドンのミレニアム・ブリッジ、ウィルトシャーのレイコック・アビー、スコットランドのフォート・ウィリアム、ノルウェーのラウマ線、アイルランドのモハーの断崖で撮影された。 このルートでは、冒頭の橋の崩壊から、ハリーとダンブルドアが分霊箱を探す海辺の洞窟まで、2009年の映画の場面を順にたどる。ホグワーツ特急の撮影は、雪を求めてイギリスを離れ、ノルウェーにまで及んだ。 ほとんどは実際に訪れられる場所だが、洞窟の内部はコンピューターで作られたものだ。

5か所2/5か所訪問可
本推定

スリーピー・ホロウの伝説:タリータウンから教会の橋まで

ワシントン・アーヴィングの「スリーピー・ホロウの伝説」は、1790年ごろのニューヨーク州タリータウン近郊が舞台で、フィリップスバーグ・マナー、パトリオッツ・パーク、オールド・ダッチ教会、スリーピー・ホロウ墓地など、舞台とされる場所を今も訪ねることができる。 イカボッドはヴァン・タッセル農場のパーティーに馬で出かけ、帰りは幽霊の出る谷あいを抜けて教会のそばの橋を渡る。ルートはその夜をたどり、最初の場所はレイヴン・ロックだ。一部は訪問者のあいだの言い伝えにすぎず、各スポットにその旨を記してある。

5か所5/5か所訪問可
歴史おおよそ

聖武天皇と奈良の大仏

東大寺の奈良の大仏を造ったのは聖武天皇である。天皇は各国に寺を置くよう命じ、都も平城宮から恭仁京、さらに紫香楽へと移した。 天然痘の流行や反乱、不作が相次ぐなか、聖武天皇は仏教に守りを求めた。このルートでは、奈良を出発し、短命に終わった二つの都と現在の東京にある国分寺を経て、752年の大仏開眼供養にいたる天皇の足跡をたどる。遺跡だけが残る場所や、位置がおおよその場所もある。

5か所4/5か所訪問可
歴史おおよそ

沖縄戦1945:慶良間から摩文仁まで

1945年3月から6月にかけて行われた沖縄戦は、慶良間諸島と嘉手納の上陸海岸から、島の南部の首里城と摩文仁の丘まで及んだ。 このルートは、今も地図で見つけられる6つの場所で地上戦をたどる。最初の上陸から、あらゆる陣営の死者の名前が刻まれた平和の礎までである。いくつかの場所は慰霊の地であり、慶良間諸島と嘉数高地のピンはおおよその位置である。

6か所4/6か所訪問可
歴史推定

真田幸村:上田城から大坂の陣へ

真田幸村の物語は、上田城から九度山での蟄居、そして大坂城・真田丸・天王寺での最期の戦いへと続く。1600年には、はるかに大きな徳川軍を相手に上田城を守り抜き、1615年に世を去った。 このルートは、関ヶ原の戦いの頃から、高野山のふもとでの蟄居を経て、大坂冬の陣・夏の陣までをたどる。史料に正確な場所が書かれていないため、おおよその位置で示した史跡もある。

5か所4/5か所訪問可
神話おおよそ

菅原道真の足跡:京都から大宰府、そして天神へ

学者・詩人の菅原道真は、今日では天神として祀られている。平安宮のある京都で頭角を現し、九州の大宰府に流され、大宰府天満宮に葬られた。京都の北野天満宮は彼のために建てられた。 このルートでは、文章博士から讃岐守、901年の左遷、903年の死、そして恐れられた怨霊を学問の神に変えた神社までの道真の歩みをたどる。二つの神社は訪れることができるが、平安宮と配流の地はおおよその位置である。

5か所3/5か所訪問可
神話推定

平将門の首塚と祟り:茨城から東京へ

自ら新皇を名乗った反逆者、平将門は、東京・大手町の将門の首塚と神田明神に祀られている。茨城県には合戦の地、岐阜県には首の伝説が残る。 このルートでは、一族の争いと反乱、940年の死、飛んだ首の伝説、そして粗末に扱うと祟るといわれる東京の首塚をたどる。場所の一部は伝承による見立てであり、その旨を記している。

5か所2/5か所訪問可
実在の旅おおよそ

岩倉使節団の旅:横浜からウィンザー城へ

岩倉使節団は、1871年に横浜から出航し、サンフランシスコ、リバプール、シェフィールド、ウィンザー城などを経て、2年にわたり欧米を視察した日本の使節団である。 1871年から1873年にかけて、発足したばかりの明治政府の官僚約50人が、アメリカとヨーロッパの政治、軍事、経済、教育の制度を学んだ。このルートでは、イギリスでの行程を詳しくたどる。ブラッドフォード近郊の紡績工場、シェフィールドの邸宅、チャッツワース、そしてヴィクトリア女王への謁見である。横浜、サンフランシスコ、リバプールのピンは、正確な上陸地点ではなく、港や駅の一帯を示している。

7か所3/7か所訪問可
神話推定

弁慶:五条大橋から衣川まで

日本の武僧・弁慶の伝説は、京都の五条大橋と清水寺から、石川県の安宅の関、平泉の衣川の古戦場まで続く。 弁慶は京の橋で若き源義経に敗れ、以後は最期まで仕えたと伝えられる。このルートは、その物語を5つの場所でたどり、決闘から有名な「弁慶の立ち往生」までを描く。話の多くは後世の文献に由来し、弁慶の時代の記録は一つも残っていない。

5か所4/5か所訪問可
神話推定

遠野物語の舞台を歩く:河童、座敷わらし、柳田国男の岩手

柳田国男が1910年に著した民間伝承集『遠野物語』の舞台は岩手県遠野。河童淵、伝承園、早池峰山、山口集落が、河童、座敷わらし、オシラサマの物語を今に伝えている。 ルートは物語の順に5か所をたどる。早池峰の女神から始まり、オシラサマの神々を経て、河童の棲む淵へ至る。2か所はおおよその位置にとどまり、1か所は伝承上の比定地である。

5か所3/5か所訪問可
神話推定

竹取物語:かぐや姫ゆかりの町々と富士山

『竹取物語』(かぐや姫)は舞台を明記していないが、奈良の広陵町や高取町から富士市、余呉湖まで、日本各地の町が物語との関わりを唱えており、物語の結末は富士山にある。 ルートは、光る竹の節から、月の姫の別れを経て、帝が山頂で姫の手紙を焼くまでの物語をたどる。5か所のうち4か所は地元が名乗りを上げた説であり、実証された場所ではない。

5か所0/5か所訪問可
実在の旅おおよそ

エンゲルベルト・ケンペルの旅:長崎から江戸へ(1691年)

エンゲルベルト・ケンペルは1691年、長崎の出島から、下関、大阪、芦ノ湖近くの東海道を経て、江戸の将軍の宮廷へ旅した。彼はオランダ商館に勤めるドイツ人の医師だった。 このルートは、出島から将軍徳川綱吉への謁見まで、1691年の旅を5つの地点でたどる。下関、大阪、箱根では正確な場所がわかっていないため、ピンはおおよその位置を示している。

5か所4/5か所訪問可
神話推定

浦島太郎:丹後から竜宮城まで

竜宮城を訪れた漁師、浦島太郎。その物語は、京都府の丹後半島と結びついている。伊根町の宇良神社(浦嶋神社)に伝承が残るほか、沖縄、横浜、木曽谷にも名乗りを上げる土地がある。 このルートは、8世紀の丹後に始まる物語を、海の底の宮殿から玉手箱を開ける場面までたどり、さらに太郎がそこに暮らした、あるいはたどり着いたと伝える土地を訪ねる。多くは地元の伝説であり、各地点で、どの程度確かな話かを記している。

5か所3/5か所訪問可